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山洋電気の歩みと技術革新(15)

民需開拓で裾野を広げた電源分野

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History
歴史

山洋電気は,冷却ファンやサーボシステム,ステッピングシステム,UPS,太陽光発電システム用パワーコンディショナなどの製造・販売で知られる電気機器メーカーです。1927年(昭和2年),黎明期の無線通信機用発電機におけるパイオニアとして創業した当社は,戦中・戦後の混乱を経て,高度経済成長期~石油ショック,そしてOA化へといたる時代の流れにおいて,卓越した技術力を武器にわが国のエレクトロニクス産業の発展を支えていきます。

困難に直面した電源装置…民需開拓と品質安定化への努力

昭和40年代後期,石油ショックを機に電電公社は物資調達を抑制しました。当時は通信機産業における全生産額の約40%が電電公社向けであったため,大容量静止形インバータを納品していた当社をはじめ,関係各社は深刻な打撃を受けることとなりました。

こうした事態から当社電源部門は,度数系や呼出信号用の静止形電源装置について,積極的な“民需開拓”に乗りだしました。まずは大手企業やビルの私設交換台に需要を発掘し,さらに発展途上国の通信網整備のための受注を獲得。また,大容量静止形インバータを金融機関などのオンラインシステム用に納入したほか,1979年(昭和54年)には,輸出向けの呼出信号用電源装置「プログラマブル・リンガー」を開発して好評を得ました。

同じ時期,当社は技術的な試練にも遭遇していました。大容量インバータが稼働中に突然停止する不可解な現象が起きていたのです。苦労して原因を突き止めたところ,トランジスタの一部が経時的に漏れ,電流が大きくなったためとわかりました。

1システムあたり1万個もの部品で成り立っている静止形電源装置にとって,部品不良は致命的なダメージとなります。そのため,品質管理部門,生産部門が一丸となり,品質管理を徹底。結果的にこの取り組みは製品全般の品質安定化を果たし,後述する電電公社の立会検査省略にもつながりました。

「小容量静止形インバータ」開発に成功,民需拡大に大きく貢献

折しも電電公社は,大型ホストコンピュータやマイクロ波通信用の小容量無停電電源装置を,回転形から静止形へ切り替えようとしており,この動きに応じた当社は1974年(昭和49年),「小容量静止形インバータ」の開発に着手しました。

開発にあたっては“いかに効率よく正弦波を得るか”がポイントとなり,技術陣は課題を克服するため「パルス幅変調方式」に挑戦しました。この電子制御動作はかなり複雑ですが,主回路はユニットインバータ一組と簡単な交流フィルタだけなので,装置は画期的な小型・軽量化に成功。1975年(昭和50年)に完成品第1号機(5kVA)を納入しました。

この開発成功は,世界的に見ても大きな成果といえるもので,以後,電電公社は全国のマイクロ波通信中継局の装置を当社の小容量静止形インバータに入れ替えました。

当社がこのとき習得したパルス幅変調方式の技術は,民需の拡大に大きく貢献することとなりました。1981年(昭和56年),小容量インバータを「ミニインバータ」の名称で製品化した当社は,まずユーザーに無停電電源の必要性を認識してもらうために啓蒙活動を展開。営業部員のこの地道な努力は,後に昭和60年代の飛躍的な受注増につながっていきました。

海外における回転形電源のニーズを予測,米国IBM社から大量受注

昭和50年代,当社の技術陣は海外における回転形電源の需要を想定し,大型コンピュータ用の変換電源の開発に取り組み,11kW,16kW,32kWの「MG(インダクションモータ+ジェネレータ)」を開発しました。日本と異なり商用電源が不安定な米国では,コンピュータの普及とともに商用電源を安定させる変換電源の需要拡大が見込まれたのです。

当初は期待したほどの受注を得られませんでしたが,1983年(昭和58年),米国IBM社から「緊急かつ大量購入」の要請を受けました。来日した同社の工場・研究所責任者は,「ステッピングモータは16万5,000台もの納品に一台の事故もなかった。今度はコンピュータ用のMGでお世話になります」と当社の関係者を前に語りました。

米国IBM社が発注先に当社を選んだ理由は,過去にステッピングモータの納入で実証した,高度な仕様をクリアする技術力,期日までに必ず製品を出荷する納期管理能力,納入するすべてのロットの品質を厳格に管理する能力,などを高く評価したからです。

「電源装置のシステム化」に高い評価,電電公社の立会検査を免除

981年(昭和56年),電電公社は資材調達の方式を変更し,これ以降,国内外からの新規参入が目立つようになりました。当社は新たな競争に打ち勝つために,より一層の技術の高度化・高付加価値化を図り,「電源のコントロールシステム」の領域に踏み込みました。

1982年(昭和57年)には,電源装置の動作状態を監視する「SANMONIC」を発売。続いて1983年(昭和58年)には,自家発電装置が故障すると原因を探り,復旧法を指示する「診断機能付きマイコン制御ディーゼル機関発電装置」の試作機を電電公社から受注しました

このように電源のシステム化を果たすなかで,1983年(昭和58年),当社の「電力遠隔集中監視装置」が電電公社の納入業者資格を取得しました。また,仕様を新たにした「大容量静止形インバータ(大容量無瞬断交流電源装置)」も厳しい技術審査に合格し,1984年(昭和59年)に東芝とともに納入業者資格を獲得しました。

電電公社への製品納入は,通常は必ず立会検査がおこなわれますが,長年にわたり優良な実績を重ね,かつ品質が安定していると評価された場合にのみ,自主検査(間接検査)への移行が認められます。当社は「呼出信号用電源装置」や「電力遠隔集中監視装置」などについて,立会検査の省略が許可されました。高い品質管理が評価された証でした。