
A社は,産業用ロボットなどの開発・製造で知られる産業機器メーカー。近年,コスト面・品質面で熾烈な競争にさらされている製造業界では,生産ラインのさらなる効率化が急務となっています。A社も例外ではなく,産業用ロボットの性能に対するユーザーからの要求は日増しに高くなっていき,開発者には大きなプレッシャーがのしかかっていました。
A社開発部設計グループのYグループリーダーはこう語ります。
「構造がヒトの腕に似ている6軸垂直多関節ロボットは,人間の代替作業をさせるのに最も合理的な装置として,水平多関節(スカラ)ロボットと共に広く普及しています。当社も長く開発・製造に携わってきました。しかし,より高い競合優位性を求めるユーザーからは,高速化や小型・スリム化の面でさらなる向上を求められるケースが増えており,正直,これ以上の改良には行きづまりを感じていました。」
さらに,生産ラインの効率化において重要な要件である「サイクルタイムの短縮」のニーズが,開発の難しさに拍車をかけていました。ロボットの動作を高速化するには,出力の高いモータが必要ですが,一般的に高出力のモータは質量が大きくなります。手首機構に使用すると本体旋回軸などの基本軸にかかる慣性モーメントが大きくなり,速度が上がりません。本体旋回軸のモータをサイズアップすると設置面積が広くなり,小型化は望めない。また,高速化すればアームのコーナー旋回も厳しくなり,軌跡精度を保つためには減速せざるを得なくなります。その速度変化に応答できるか…。
Y氏をさらに悩ませたのが,整定時間の短縮です。速度を上げれば剛性の低いアーム先端部分に振動が発生しやすくなります。モータが停止しても,ハンド部分であるエンドエフェクタが止まっているとは限らないのです。この振動を小さくすることが,サイクルタイム短縮には欠かせない要素だということは分かっていました。しかし,「極力,制御系に負担がかからないように,すべての構造を見直しましたが,現状の制御システムでは,どうしてもこれ以上振動を抑えることができませんでした。」(Y氏)
「現状の制御システムでは,これ以上ユーザーの要望に応えることが難しい」というのは,開発スタッフの共通した意見でした。しかし,Y氏はただ手をこまねいていたわけではありませんでした。根本的に何かを見直すことで,ユーザーの要求に応えたい。これは技術者として偽りのない気持ちでした。
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